一般社団法人 日本シェアサイクル協会

自治体担当者のためのシェアサイクル導入の手引き

一般社団法人 日本シェアサイクル協会 副会長 小林成基

●コンセプトを固める
 自転車活用推進計画が閣議決定され、自転車活用はいよいよ自治体の具体策が求められる段階となりました。特に、市民の新たな移動手段としてシェアサイクルが、過度のクルマ依存からの脱却や観光振興のツールとして注目されています。
 まず、なんのために導入するのかを明確にしましょう。欧米の先進事例を見ると、多くの都市が「市内の移動の選択肢を増やす」というはっきりとした目標を掲げ、公共のバスや地下鉄に「公共の自転車」を加えるために一定の支出を認めています。電車やバスを乗り継ぐと遠回りで面倒な目的地にも、自転車であれば便利に辿り着けます。マイ自転車であれば駐輪し、帰路も乗って帰らねばなりませんが、シェアサイクルなら他の手段が自由に選べます。つまり移動の選択肢を拡げることはQOL(quality of life:生活の質)の向上にもつながります。健康、環境、観光への貢献、交通渋滞や事故の減少、温室効果ガス削減などは結果としてもたらされるものであって、それぞれが単独の目的ではないと考えて良いのではないでしょうか。

●シェアサイクルは儲からない
 手軽に使いたくなる料金のシェアサイクルは、儲かるどころか維持することすらできません。しかし、利用料を高くすると利用者が減って成り立ちません。一時期、急成長した中国式のシェアサイクルは、莫大なデポジット(預かり保証金)の運用で拡大しましたが、破綻した場合に返却されないことがあったためにデポジット制度が禁止され、事業を継続できない会社が続出しました。
 自転車本体や貸し出し返却ポートの調達や整備などの初期費用の他、システム運用・メインテナンス・再配置・借地料などの維持費を、多くの市民が分かち合って支えるシステムを構築することが必要です。

●立地環境の徹底分析
 一定以上の利用者が見込めなければ貴重な予算を割く意味がありません。現状の自転車利用動向を把握し、潜在的な重要を見定めることが重要です。観光資源が散在している場合などはシェアサイクルより、一般的なレンタルのほうが有利かもしれません。公共交通機関との連携、地域の企業や商店街などとの協力関係、パーク・アンド・ライドなどによるクルマの抑制など、全体的総合的な移動手段の合理的なバランスを模索するため、地域協議会の設置を検討すべきでしょう。

●シェアサイクルが走る環境
 政府がガイドラインで示した自転車ネットワーク計画を構築しているでしょうか。シェアサイクルと走行空間整備は鶏と卵の関係です。安全で快適に目的地まで迷わずに移動できる道路交通環境の整備と、駅や繁華街、住宅密集地や商業集約地域などへの街角駐輪スペースの配置は、自転車を使いたいと思っている潜在層を掘り起こします。また、団地や大学などと駅などの拠点間で大量需要が期待できるなら、公共スペースの活用や民間の協力を取り付けて、集中的に道路整備を進め、高密度な配備計画を検討すべきでしょう。安全快適な走る・駐める環境なしにシェアサイクルは成り立ちません。

●アクセスのハードルを下げる
 バブルの様相を呈した中国式のシェアサイクルは、IT企業の発想でした。スマホアプリを活用し、ネット認証とGPS機能をフルに活かしたシンプルで使いやすいシステムは、見習う価値のあるものです。自治体の取り組みとなると公平性、平等性が求められるため、さまざまな多様な要求に応えるため、登録や利用方法が複雑になる嫌いがあります。コストがかさめば持続性が失われかねません。現金やさまざまなカード、電子マネー、携帯電話や地域ポイントなど、多くの方法に対応させれば登録や利用が複雑になり、利用できない人が増える結果となります。できるかぎりシンプルなシステム、わかりやすい方法を選びましょう。

●持続可能性を追求する
 市民の共有財産として運営するには、専門性を備えた事業者との協働を検討することをお奨めします。整備も再配置もせず、公共スペースを占拠してデポジットと日銭で儲けを出そうとして参入する事業者ではなく、公共財をいつでも快適に使えるように配慮し、持続性を第一に事業を展開するパートナーを選ぶことが必須の条件です。
 自治体には財政負担を求めない、補助金も要らない、シェアサイクル事業を認めてくれればいい、という提案が持ち込まれることがあります。市の持ち出しなしに市民にシェアサイクルが提供できる夢のような話ですが、許可を受けたスペースしか使わない、整備や再配置を的確に行い、万一の保険も準備する、契約の期間が終了したら後始末もきちんとする、などといった協定や約束は守られたことがありません。破綻し、突然事業が停止した後にうち捨てられた自転車が粗大ゴミとなるという実態は世界中で報告されています。

●万一の備えを確実に
 自転車利用者が加害者となった事故で一億円近い損害賠償命令が下された例がありますが、シェアサイクルを利用していて加害者になった場合、本人が損害賠償責任保険に加入していなければ、被害者はまったく救済されません。クルマのリースやレンタルの場合は、自動車貸付業者が包括して自賠責保険や任意自動車保険(フリート契約)を付保しており、利用者が安心して利用できる制度がありますが、自転車の場合は制度は構築されていません。自転車整備に付与するTS保険があれば充分と考えている自治体担当者も少なくありませんが、対人のみ対象でかつ後遺障害7級までとなっており、クルマやバスに衝突した場合や軽い骨折程度では対象になりません。また、示談代行制度がなく、すべての手続きを加害者本人にゆだねられており一般の日本人はもちろん、インバウンドの利用者が事故を起こしたらどうにもなりません。協定や事業主体となっている自治体の法的な責任を問うことになるかどうかは今後の判例次第ですが、メディアが取り上げるような大事故になれば社会的、道義的な責任を免れることは難しいでしょう。

●信頼できるパートナーと確実な補償制度
 最近、貸し出し対象の自転車に付与する損害賠償保険が開発されましたが、それだけでも1台年間2万円弱のコストがかかります。必要最低限度の費用を捻出するため、パリでは広告看板収入を、バルセロナでは駐車場料金を、ロンドンやニューヨークではネーミングライツを、その他の地域でも自治体が民間の協力を募って、新しい交通インフラとしてシェアサイクルを運営しています。バスなどへの補助金と同じ扱いで予算を割り当てているところも少なくありません。公共が設置し、民間に経営を委託するというバランスのとれたパートナーシップの構築のために、日本シェアサイクル協会の広範な連絡網と内外の知見をぜひお役立てください。